bayfmラジオ番組「今夜、咲良の木の下で」(毎週水24:00~24:30)の2019/10/30(水)放送回にて。
宮脇咲良がIZ*ONEの1stコンサート「Eyes On Me」韓国公演3daysを改めて振り返っていた。
宮脇咲良:引き続き、IZ*ONE伝説に残したいヒトコマをご紹介します。
福島県、ラジオネーム・しーちゃんのIZ*ONE伝説に残したいヒトコマ。
リスナーメール:私的に一番はソウルコンサート最終日の最後の円陣です。
あのとき円になって抱き合って泣き崩れるみんなを見た時に、みんながどんな想いでそこに立っているのか、乗り越えたきたであろう壁や、さらに深まった絆だったり、その光景を見ているだけで、いろんな12人の想いや感情が伝わってきて、すごく感動して温かい気持ちになりました。
まさに、ハナガ・ドュンスンガン(韓国語でのIZ*ONEのキャッチフレーズ)、一つになる瞬間だったと思います。
さくちゃんは泣いちゃうから、この話今後NGと以前さくのきで言ってましたが、私的にはこのうえなく幸せな気持ちになった伝説に残したい名シーンです。
ちなみに2番は幕張コンサートでの待望のカンちゃんによるメタモンの歌の、
宮脇咲良:これが2番ですか?(笑)
すごい。すごい上位(笑)
リスナーメール:の歌唱シーンです。
必死に本当にありがとうございます。
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宮脇咲良:ありがとうございま~す。
あっ、韓国のラジオネーム・さくもみさんも、このときのコメントタイム、最終日は全てのメンバーが涙、その瞬間に私の横の男性WIZ*ONEたちも大泣き。私も嗚咽でした。とのことでした、と。
いやぁ~。もう、今思い出しただけでも、普通になんか涙腺が開く感じ。
なんて言えばいいんですかね、あのときのこと。
1ヶ月間ぐらいコンサートの準備をしていて、それもすごく大変ではあったんですけども、私たちがプデュで出会って、プデュを参加してなかったら、出会うことはなかったと思うんですよね。IZ*ONEのメンバーに。
まぁそれはやっぱり、私は日本でアイドル活動をしていて、韓国メンバーは韓国でアイドルを目指している練習生たちだったわけで。
で、私はもちろん韓国語も本当にひとつも喋れなかったじゃないですか。プデュの前は。
そんな私たち12人が出会って、グループになって、一緒にこう時間をともにして、本当に仲が良くなって、一つになって。
で、たくさんのファンの前で単独コンサートを終えたっていう、あの瞬間はやっぱり二度と味わえないじゃないですか。
もう初めてはもうないから。やっぱり、その想いもあったし、簡単ではなかったですね。ここまで歩いてくるの。
本当に一人ひとりの道がもちろん険しくて。
私の道で言うと、やっぱりこうまぁ日本でアイドルをしてて、まぁ泣くことのほうが多かった時期もありましたよ。10代とかは。
もちろん楽しいこともいっぱいあって。アイドルが大好きでここまでやってこれたんですけど、だからってこう幸せなことばかりじゃなかったし、他のメンバーも、たとえばチェヨンだったりしたら、オーディションに3回も受けて、で、すごく大変で、でも諦めずにここまでやってきたっていうのを、そのときの感想でも言ってたんですけど、その一人ひとりの大変な道があって、で、この12人がこう運命のように出会って、あのステージをやり遂げたっていうのがやっぱり、もう一生忘れられない瞬間だったなと思いますね。
どんどん出てきますけど、これ一つに決められなくないですか?(笑)
スタッフ:(笑)
宮脇咲良:どの瞬間も本当に忘れられない瞬間だし、どの瞬間もなんて言うんですかね、同じランキングというよりかは、このランキング中の1位みたいな。分かります?なんか分かります?(笑)
スタッフ:(笑)
宮脇咲良:どっちかっていうと、毎日1位があるぐらいなんで(笑)
いやぁ、本当にそれぐらい、う~ん、単独コンサートを最初の3日間やり遂げたときは、忘れられなかったですし。
あの、みんなで円になったとき。あれはもう、あれはマジで、マジでもうダメです。あれもう本当NG。
もう本当に、ステージ上であんなもう声出して、わぁ~んって泣いたんですよ。みんな(笑)
あれは本当に初めてでした。
ミンジュなんて家に帰るぐらいまでずっと泣いてましたからね(笑)
こうやって思うと、IZ*ONEでの活動のときって、本当にこう忘れられなくて、幸せな瞬間って多いなって思いますね。
まぁでもこれ今のところ、ソウルコンサート最終日の円陣が暫定1位(笑)
後から出た順ですけどね、正直(笑)